思い、そして感じた事をそのまま
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小説家でありNHK経営委員も勤める百田尚樹氏が東京都知事選の応援演説で、米軍の大空襲や核投下は大虐殺とし、終戦後に占領下となった日本で行なわれた東京裁判は、第2次大戦の罪は全て敗戦国に擦り付ける為に行われた物であり、連合国の人民虐殺などの罪を抹消する為に行なわれた茶番劇と批判していたのだろうか。
そして、「南京大虐殺」行われてはいなかったとハッキリと言い切っている。
中国は即座に反論した様だ。中国外務省は「南京大虐殺は日本軍が中国を侵略していた時に起きた残忍な犯罪で、反論できない証拠がある。国際社会では既に結論が出ている」と反論したらしいが、では、中国は南京大虐殺に関する反論できない証拠を世界にどの様に示しているのだろう。
東京裁判でも南京大虐殺は扱われている。だが、その時にそれを示す為の証拠を中国は何も提出する事は出来ていなかった。これは、当時から南京大虐殺に関する資料など一切存在していなかった事の証だろう。
日本軍による、南京庶民を大虐殺した事実は全くの無根だったと言う大きな証ともなるのではないだろうか。
蒋介石が南京大虐殺が行われたとする当時の南京には、中国の者だけでは無く欧米諸国から大学博士、宣教師、商人など数十名が存在していた。彼らは、1937年12月の南京で何が起こっていたのかを「南京安全地帯の記録」に記録されている。
それによれば、上海を陥落された蒋介石率いる軍隊は南京へ逃れていった。そこで南京の住民から略奪や強姦などを行っていたらしいのだ。そして、多くの人民を苦しめていた。
日中戦争での中国は焦土作戦を活発に行っていたらしい。
Wekipediaには「撤退する場合に敵方に利用価値のあるものを残さないことは戦術・戦略上の要諦であり、対象物が軍事施設だけに限定される場合などは焦土作戦とは呼ばない。 焦土作戦と呼ぶ場合には民間人の家屋や田畑はおろか、町そのものや自然の山林まで焼き払うことである。」と書かれてある。
中国人民の虐待や虐殺を実際に行っていたのは、蒋介石などではなかったのか。実際、「南京安全地帯の記録」には、南京へ逃れた蒋介石などが南京の人民達にどの様な事を行っていたのかが記されてある。
日本軍による南京大虐殺は行われてなどおらず、実際に虐殺を行ったのは中国である事は間違い無い。
まして日中戦争時には中国内でも蒋介石と毛沢東が争っていた筈であり、南京に関わっているのは後に台湾へと移った蒋介石であり、毛沢東では無い。東京裁判への訴えは蒋介石の中華民国だったかもしれないが、現在は毛沢東の中華人民共和国で南京大虐殺の存在を執拗に訴えようと、現在の中国が南京でどの様な事が行われていたのかを確実に知りえているなどとは全く思われない。
南京大虐殺に関しては「歴史と世界情勢の真実を知り、日本は真の独立を勝ち取れ」(南京大虐殺”のまとめ 責任者は蒋介石・唐生智 日本は無罪)(中国軍が去って、南京市民に平和が訪れた)、「南京大虐殺は実は「漢奸(裏切り者)狩り」?」、「南京安全地帯の記録」、「南京の真実を知らせ隊」などのブログに書かれてある。
在日米大使館は、百田尚樹氏の発言を「非常識」と強く批判している。「米政府は、責任ある地位にある人物が(アジア)地域の緊張をあおるような発言を控えるよう努めることを望む」として。
だが、南京大虐殺をとらえ、「政府は、責任ある地位にある人物が(アジア)地域の緊張をあおるような発言を控えるよう努めることを望む」と発言している様だが、日本に行った事に関しては何も語ってはいない。
B-29による空襲や核投下により民衆の大虐殺を行っている事は間違いの無い事実。この空襲や核投下によって虐殺された民衆は何十万となるのだろうか。
東京裁判の条例は極東国際軍事裁判条例となっているが、第5条に平和に対する罪、通例の戦争犯罪、人道に対する罪が挙げられている。
米軍の行った大空襲による大虐殺は人道に対する罪である事は明らかであり、以前は書かなかったが、平和に対する罪には戦争を計画し、遂行した国のみが裁かれるかの様にされているが、相手を敗戦国とするための計画を立て、民衆への虐殺を遂行する事も、平和に対する罪に値するのではないか。
敗戦国の将官や兵士などばかりが戦犯とされているが、戦勝国である連合国にも戦争犯罪者は存在しているのではないのだろうか。戦勝国の行った事などは全て棚に挙げ、敗戦国の行なった、或いは行ったと偽造される事ばかり責められなければならない。
第二次対戦中に最も残虐な虐殺を行ったのは米軍である事に間違いなど無い。アメリカは大量虐殺された人々へ謝罪など行った事はあるのか。一度も無いだろう。
在日米大使館は百田尚樹氏の発言を「非常識」と批判しているが、常識を非常識と批判する在日米大使館こそ、「非常識」だ。
そして、「南京大虐殺」行われてはいなかったとハッキリと言い切っている。
中国は即座に反論した様だ。中国外務省は「南京大虐殺は日本軍が中国を侵略していた時に起きた残忍な犯罪で、反論できない証拠がある。国際社会では既に結論が出ている」と反論したらしいが、では、中国は南京大虐殺に関する反論できない証拠を世界にどの様に示しているのだろう。
東京裁判でも南京大虐殺は扱われている。だが、その時にそれを示す為の証拠を中国は何も提出する事は出来ていなかった。これは、当時から南京大虐殺に関する資料など一切存在していなかった事の証だろう。
日本軍による、南京庶民を大虐殺した事実は全くの無根だったと言う大きな証ともなるのではないだろうか。
蒋介石が南京大虐殺が行われたとする当時の南京には、中国の者だけでは無く欧米諸国から大学博士、宣教師、商人など数十名が存在していた。彼らは、1937年12月の南京で何が起こっていたのかを「南京安全地帯の記録」に記録されている。
それによれば、上海を陥落された蒋介石率いる軍隊は南京へ逃れていった。そこで南京の住民から略奪や強姦などを行っていたらしいのだ。そして、多くの人民を苦しめていた。
日中戦争での中国は焦土作戦を活発に行っていたらしい。
Wekipediaには「撤退する場合に敵方に利用価値のあるものを残さないことは戦術・戦略上の要諦であり、対象物が軍事施設だけに限定される場合などは焦土作戦とは呼ばない。 焦土作戦と呼ぶ場合には民間人の家屋や田畑はおろか、町そのものや自然の山林まで焼き払うことである。」と書かれてある。
中国人民の虐待や虐殺を実際に行っていたのは、蒋介石などではなかったのか。実際、「南京安全地帯の記録」には、南京へ逃れた蒋介石などが南京の人民達にどの様な事を行っていたのかが記されてある。
日本軍による南京大虐殺は行われてなどおらず、実際に虐殺を行ったのは中国である事は間違い無い。
まして日中戦争時には中国内でも蒋介石と毛沢東が争っていた筈であり、南京に関わっているのは後に台湾へと移った蒋介石であり、毛沢東では無い。東京裁判への訴えは蒋介石の中華民国だったかもしれないが、現在は毛沢東の中華人民共和国で南京大虐殺の存在を執拗に訴えようと、現在の中国が南京でどの様な事が行われていたのかを確実に知りえているなどとは全く思われない。
南京大虐殺に関しては「歴史と世界情勢の真実を知り、日本は真の独立を勝ち取れ」(南京大虐殺”のまとめ 責任者は蒋介石・唐生智 日本は無罪)(中国軍が去って、南京市民に平和が訪れた)、「南京大虐殺は実は「漢奸(裏切り者)狩り」?」、「南京安全地帯の記録」、「南京の真実を知らせ隊」などのブログに書かれてある。
在日米大使館は、百田尚樹氏の発言を「非常識」と強く批判している。「米政府は、責任ある地位にある人物が(アジア)地域の緊張をあおるような発言を控えるよう努めることを望む」として。
だが、南京大虐殺をとらえ、「政府は、責任ある地位にある人物が(アジア)地域の緊張をあおるような発言を控えるよう努めることを望む」と発言している様だが、日本に行った事に関しては何も語ってはいない。
B-29による空襲や核投下により民衆の大虐殺を行っている事は間違いの無い事実。この空襲や核投下によって虐殺された民衆は何十万となるのだろうか。
東京裁判の条例は極東国際軍事裁判条例となっているが、第5条に平和に対する罪、通例の戦争犯罪、人道に対する罪が挙げられている。
米軍の行った大空襲による大虐殺は人道に対する罪である事は明らかであり、以前は書かなかったが、平和に対する罪には戦争を計画し、遂行した国のみが裁かれるかの様にされているが、相手を敗戦国とするための計画を立て、民衆への虐殺を遂行する事も、平和に対する罪に値するのではないか。
敗戦国の将官や兵士などばかりが戦犯とされているが、戦勝国である連合国にも戦争犯罪者は存在しているのではないのだろうか。戦勝国の行った事などは全て棚に挙げ、敗戦国の行なった、或いは行ったと偽造される事ばかり責められなければならない。
第二次対戦中に最も残虐な虐殺を行ったのは米軍である事に間違いなど無い。アメリカは大量虐殺された人々へ謝罪など行った事はあるのか。一度も無いだろう。
在日米大使館は百田尚樹氏の発言を「非常識」と批判しているが、常識を非常識と批判する在日米大使館こそ、「非常識」だ。
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