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橋下市長は桜宮高の体育系2科への入試を中止すると突然に.言い出した。その目的は何だんったのか。体罰が行われている桜宮高を変えたいと主張していただけではなかったか。
突然に入試中止を訴えだし、その理由が桜宮を変えたいと主張するだけの橋下に反論する者は多く出ていた筈だ。中学生の受験生を持つ親や中学校校長、更には桜宮高の在校生までも。橋下の主張に強く反論していた。
 
だが、橋下は執拗にバスケ部で体罰=暴力が行われていた事を強く批判し入試中止を主張し続けた。そして橋下と反対する多くの者の間に挟まれた大阪市教育委員会は、昨日体育系2科への入試を中止する事を決定した。
この事を橋下は素晴らしい決定だと評価しているし、橋下の主張と入試中止を評価する者もいる事は確かだ。
 
だが、自分はこの結果に非常な不可を感じさせられている。
 
数日前に出会える事が出来たブログだが、京都市の渡辺輝人弁護士のブログ「ナベテル業務日誌」に教員と顧問に関して非常に気になる事が書かれている。クラブ活動の顧問は多くの場合教員では無いとされているのだ。
その理由として「誤解されがちだが、公立学校ではクラブ活動の顧問は多くの場合、教員の職務ではない。残業代が支払われない代わりに、ごく一部の例外的な理由を除いて残業を命じてはいけないことになっているからだ。これは法律に書いてある。教員に残業を命じられないのは、その業務の性質上、自主的な研鑽が不可欠だし、業務じゃなくても実際は「自主的に」自分の生徒たちに様々な形でふれあったり、生徒たちのために何かをせざるを得ないからだ。それらの時間に加えて(命令として)残業を命じれば教員の生活も、命も破綻するから駄目なのだ。」としている。
それを示す法として公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法・(教育職員の正規の勤務時間を超える勤務等)第6条が紹介されているが、この法により正規の勤務時間が定められているらしいが、それを超える場合には政令で定める基準に従い自治体の条例で定める場合に限るとされている。
 
公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法が定める教員の正規の勤務時間を超える場合には、国の定める基準に従い成立される自治体の条例に従わなければならないとされ、勤務時間の基準は教員の健康と福祉を害してはならないとされている。
大阪市の条例「学校の市費負担教員の勤務時間、休日、休暇等に関する規則で定められている教員の勤務時間は朝8時30分から午後5時までの7時間45分(休憩時間は除く)とされているらしい。大阪市の条例では教員の勤務時間は午後5時までと定められている事となり、それを超える事は認められていない筈だ。それを超えて勤務する事を認めれば、更に教員としての給与を支給しなければならなくなる。より多くの税の歳出が行われる事となるだろう。
だから、公務員の一員である教員の勤務時間は一定の時間までと定められているのではないだろうか。
 
よって、教員として教室での指導と部活での指導をこなす事が可能なのだろうか。全国的で授業時間だけで教員は5時前後まで勤務しなければならない筈であり、定められた時間までに教員として顧問をこなす事などは不可能な事だろう。
 
だが教員には勤務時間外にも実行しなければならない事が多くあり、誰もが認識しているだろうが部活の顧問として活動したり、テストの採点などを夜遅くまで行う。更には教員では無く個人として自主的に残業を家まで持ち帰り行う事もあるらしい。
こういった教員の勤務時間外の行動は校長に命じる権限は持たされていない様であり、教員では無く指導している者として残業に当たる行動を自主的に行っているらしい。
 
故に、法の2により教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について十分な配慮がされなければならない。
と定められているが、勤務時間外は教員の活動として認められてはいない様であり自主的に活動する事を求められている様だが、最高裁でも勤務時間外での活動は教員としては認められないと判決が下されているらしい。

 
よって、「ナベテル業務日誌」に書かれてあるが、「いずれにせよ賃金が支払われず残業を命じることも出来ない以上、多くの場合、部活動の顧問としての活動は職務ではないのだ。」と書かれている。
 
顧問の体罰は教員の体罰と称されているが、決してそうでは無いと思えてならない。勤務時間外の活動は教員として顧問を行っているのでは無く、教員として認められていない個人として自主的に部活の指導などを行っているのだろうから、教員として体罰が行われていた訳では無いとされている。
 
この事を知って、まず思わされた事は自分はこういった事をどこまで知っていたのだろうか。正直、全く知らなかったし理解もしていなかった。
顧問は教員として活動していたと認識した上で、検索を繰り返し書いていたのだが、果たしてそうだったのか疑問に思えてきている。
顧問は教員として体罰を行っていたのか否か、法に反する行為を行っていたのか否か、非情に誤った理解をしていたのかもしれないと。
 
自分も活用したが、多くの者が学校教育法第11条を用いて顧問は教員として体罰を行っていたとしていたが、そうでは無く教員としての勤務時間外に個人として自主的に部活動の顧問を務めていた事は間違いは無いだろう。
よって教員として部活動の指導を行っていたとは思われないのだから。
 
更に、「橋下市長は入試を中止したり教員を配転したり出来ない」の内容も書かれているし、「給与について予算の執行停止はできないし不法にやると大阪市に損害が生じる」に間しても書かれている。
 
今回の桜宮高のバスケ部の体罰と自殺とされる記事に関し、色々な言葉がツイッターに書かれていた。
主に単に個人を責める様に、様々な言葉が書かれていた筈だ。印象に残っているのが、自ら「死ね」を求める言葉、「逮捕」を求める言葉、そして体罰により「主将を殺した」と強く責める言葉などが思い出される。

橋下及びこれらのツイッターに共通している事は、顧問は体罰による暴力を行ったと責め切っている事だ。
では、暴力とは一体何なのだろうか。橋下やツイッターに書く者達は単に肉体的に痛みや傷を負わせる、それにより心にも傷を負わせる事になるだろうとしている事だけが暴力としていないだろうか。
だが、暴力は肉体的だけでは無い。精神的暴力も存在している。

精神的暴力とはなんだろうか。異なる表現をすれば「言葉の暴力」となる。Wekipediaには「肉体的・物理的な暴力に対しては、防いだり反撃したりすることは社会的・法律的に広く認められている。しかし、言葉の暴力については、「その存在と程度(あるのかないのか、あるとすれば頬を平手で打たれた程度なのか、拳で殴られた程度なのか、ナイフで刺された程度なのか、日本刀で斬られた程度なのか、など)」「与える影響とその程度(傷があるのかないのか、あるとすればどのくらい傷が開いているのか、掠り傷程度なのか、骨折してしまって積極的に治療しなければ元に戻らない状態になっているのか、内臓破裂で瀕死の重症なのか、など)」について、加害者・外部(周囲)・被害者自身にとってさえ明確には分かりづらいため、被暴力者がどう防御・対処すればいいのか、21世紀の初頭時点では、難しさが付き纏うことになっている。」とされている。

 
また、OKWaveで言葉の暴力の問いが出されてあるが、その問いに言葉の暴力を起こす要因として「1.自己中心性: 自分が一番大切でかわいい。周囲の人は自分を満足させる為の道具に過ぎない。思い通りに行かないことがあったら、周囲に当たってもよい、家族や恋人は、自分を世話したり、自分に満足を与えたり、慰めたりする為に存在している、と思っている。周りの動向に配慮せず、自分の居心地の良さだけを追及する。2.ジェンダーバイアス(男女の性の誤った捉え方、偏見)がある。:男女の役割を固定的に考え、妻を見下し、妻を一個の人間として認めようとしない。結果、1の自己中心性を増幅させ、妻に辛く当たる。3.怒りっぽい性格:いつも不安や不満・コンプレックスを抱えている。世の中腹の立つことばかり。人の意見を容易に認めず、話を聞かず、何でも否定したがる。」とされ、その影響を「言葉の暴力も体への暴力や精神的、経済的、性的暴力と同様、DV(ドメスティック・バイオレンス)となります。パートナーに対する責め、脅しなど「力と支配」の行使を行う時、それは全てDVとなります。DVを治すのは容易でありませんが、下記のような専門家団体の力を借り、自分がパートナーに与えてしまったストレスにつきよく認識し、パートナーに謝罪し、行動を改めるという道筋で改善に至ることはできます。しかし、こうした自己中心性やDV的言動というのは一筋縄では治らず、一生課題として背負っていくことになると思います。」と書かれてある。
現在では体罰から肉体的暴力ばかりが注目されているが、「言葉の暴力」は非情な大きな暴力行為である事は確かだ。
 
言葉の暴力を行う者は主観的意識を強く持つ者であり、他者より強い立場にあるもの、或いは他者よりも強い権限を持つ者など。
更に、しっかりとした情報など得る事無く適当なイメージだけで個人を集団的に責めようとする者達ではないか。

 
肉体的暴力を受ける者は体に傷を負わされる事が殆どかもしもれず、心理面に強い傷を負わされる者は決して多くはないのではないだろうか。
だが精神的暴力である「言葉の暴力」を受ける被害者は肉体では無く、心理面に大きな傷を負わされる事は間違いない。それが深まっていけば肉体にも影響を及ぼす様になり、結局はどの様な状態へと追い込まれていく事となるのだろうか。
 
橋下は8日に教育委員会が発表した3日後に、個人への激しい非難と同時に100人体制での一斉調査を実行するとハッキリと表明した。
そして、この調査で最も重視されなければならなかったのは桜宮高のバスケ部の主将の自殺だった筈だ。この事を的確に追求し早急に明らかとしなければならない。
 
100人体制で一斉に調査をすると発言していたが、これらに関し実際どこまで調査を行っているのだろうか。これに関する情報など一切報じられていないと思えてならない。
一斉調査にはバスケ部の自殺の要因を最も早くに突き止めなければならないとされているのではないかと思うのだが、本日で11日も経っているが、実際にどこまで調査を行っているのだろうか。
 
橋下がバスケ部の主将自殺で発言している事はマスコミに報じられた事ばかりで、調査結果による発言がされているとは全く思われない。
となれば100人体制で行うと発言していた調査も実際に行われているのだろうか、疑問を強く感じさせられる様になる。100人体制で一斉に調査するとした発言は単なる思い付きではなかったのかと。
 
発言通りに素早く実行していれば、既にある程度の結果は出ているのではないかと思えるが、それに関する発表など一切ない。
故に、マスコミが当初に活発に非難報道していた時の記事などを利用し自分が行おうとしている事を強引に正当化しようとしているのではないかと思えてしまう。
 
橋下自身は12日に主将の遺族を訪れた時に、遺族から体罰と自殺に因果関係が有るかと問われた時に「ある」と答えたらしいが、どの様な関係があったのかを公開しているとは思われない。
果たして、どの様な事実を本として「ある」と発言していたのだろうか。

「ある」と断言できる事実が明らかとなっているのであれば、早々に会見などで公開していなければならないのではないかと思われるが、行われているとは思われない。
 
結局、橋下は記事に対しツイッターを書いている者達と同じ行為を行っているのではないだろうか。「言葉の暴力」を。
現在でも顧問と主将の自殺の因果関係など全く明らかとされていない状態だ。
主将がどの様な要因から自殺を意思し決断して実行したのか、未だに何も的確に明らかとはされていない。ただ体罰による自殺と決め付けられているだけだ。自殺の真実は何も明らかとされていない。

 
にも拘らず、体罰による自殺と決め付け個人だけでは無い、バスケ部のOBや現在の部員や受験生までも非難の的とし罵るように責め付け、激しい非難を繰り返す。
異常な状態に思えてならない。何故、OBや現在の部員、そして受験生までも責められなければならないのか。
何よりも決め付けている事が事実で無かったとすれば、これら「言葉の暴力」も脅迫罪など犯罪行為となるのではないか。
自分達の行っている精神的暴力に対しどの様な意識を持っているのだろう。
 
そして橋下は15日から突然に桜宮高の体育科、スポーツ健康科学課への入試を中止すると主張する様になり。結局、昨日21日に教育委員会により決定された。
だが、在校生や受験生だけでは無く保護者やその他の者達が激しく反論していた。

橋下はこれらの意見を全く無視し、市長の立場を利用し強引に入試中止へと持ち込んだ。
在校生や受験生など橋下に対し非常に弱い立場にある者達を完全に無視し、自分の主張を強引に決定させた。
更に反対する教育委員会や在校生や受験生などの意見など一切受け入れようとはせずに、逆に教育委員会に対し桜宮の運動部の顧問を行っている教職員への給与の人件費の執行停止を示し圧力を掛ける発言を行った。

これは在校生や入学を求める受験生だけでは無く委員会及び教師に対する完全な精神的暴力であり、橋下は暴力を激しく非難していたのに、自ら在校生や受験生など非情に立場の弱い者達へ実行した。
桜宮高から体罰=暴力を無くさなければならないと主張していたのに、自治体の首長であり教職員よりも暴力をより強く責められる立場にあるだろう橋下は、自分よりも遥かに弱い立場にある者達の心理を大きく傷付ける激しい暴力を行った。

 
主張と行動は全く一致していない。自分の行ったこの行動を橋下はどの様に意識しているのだろうか。
 
更に、昨夜に決定された体育科・スポーツ健康化学科の入試を中止し、新普通科へ変更するとされてあるがその中身は体育科・スポーツ健康化学科の入試内容と何ら変わりは無い。
教育委員長が主張していたようだが、完全な看板の掛け替えに過ぎない。

この教育委員会の決定を橋下は、「素晴らしい決定だ」と発言している。看板を掛け替えただけで、中身の変わらないこの決定のどこが素晴らしいのだろうか。
橋下は「体育科として募集はしないのだから、単なる看板の掛け替えじゃない。ベストの案だ」と発言している様だが、看板を掛け替えただけで中身は変わらない。単なる見せ掛けの行動に過ぎない。その為に多くの在学生や受験生が犠牲となっている。

 
要するにこれまでと同じ授業内容が実行される事になるんじゃないか。体育科として募集しないから、ベストとしているのだろうか。
結局は桜宮の体育系2科をどうしたいと思っているんだ。理解できない。
 
また、桜宮の運動部の顧問達を他校へ人事異動させる可能性もあるとされている。
となれば、悪評を付けられた桜宮の顧問を務めた教員達は他校へ異動し、他校より桜宮へ教員の異動が行われる事になるが、他校で教員として、或いは顧問していた者達に体罰は無かったという実証などは行うのだろうか。
もしも、他校に顧問として務めていた時に体罰を行っていた者が桜宮へ異動したならば、生徒の心理に大きな影響を及ぼす可能性があると思われるが、桜宮には結局は何ら変化など無いのではないか。
突然の入試中止といい、人事異動といい橋下の実行にどの様な意味があるのだろう。

何もあるとは思えない。単に在校生や受験生達に深い傷を負わせているだけじゃないかと思えてならない。
 
そして最も不快を感じさせる事は、橋下は市長であると同時に弁護士でもある事にある。弁護士であるならば、橋下も渡辺氏の書いている「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」などはしっかり把握していたのではないのか。
しかも大阪市長でもあるのだから、大阪市の条例より教職員の勤務時間がどの様に定められているかといった事もしっかりと理解していた筈だ。

よって条例により定められている勤務時間を越えた時点で教員としてでは無く、個人として自主的な活動を求めている事も把握していたのではないか。
だが、橋下は部活動の顧問を教諭と表現しているのかもしれない。教師が顧問活動を行っているとしているのかもしれない。

 
国法、更に大阪市の条例により教職員の勤務時間は定められており、それを超えれば教職員としての給与は支給されないとされているのだろう。
部活動の顧問を行う時には学校には関係はあるのかもしれないが、教師として扱われているのでは無く、個人として活動しているに過ぎない。
教師が顧問として活動していると発言しているのであれば、多くの者に大きな誤解を持たせる事となっているだろう。顧問として活動する時には、行政に保護される様な事など無く、あくまでも自主的に独立した行動を行っている事となる。
弁護士でもある橋下もこの様な事などしっかりと把握している筈だ。
 
単に桜宮高のバスケ部で起こった事態だけを取り上げ、桜宮高の体罰ばかりを非難する行動を起こしているとするなら、本当に大阪市全体の学校での体罰の根絶を図ろうとしているとは思われない。
何より1校だけの改革を図ったとしても、果たし手全体の改革という事が出来るのだろうか。そして、もしも全ての学校から教師に罰を与える権限が全く無くしてしまえば、学校は生徒にとって完全な無法地帯となってしまうのではないか。

橋下が行っている事が、果たして教育にどの様なメリットがあるのだろうか。
 
大きなデメリットは発生しようと、メリットが見られるようになるとは思えない。
橋下は真摯に学校、或いは教育の改革と言う事を行おうとしているのでは無く、単なる思い付きで行動していると思えてならない。
 
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