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臓器移植というと、心配停止後の移植といったイメージがあって、これまで心臓が移植されるなんてイメージが全く無かったのだけど、「人工心臓」という物によって、行われていたみたい。
この事を初めて知って、正直驚かされたのだけど、更に知らない間にもの凄く進んでいたんだなとも思わされてしまった。
移植対象外の74歳、補助人工心臓を「永久使用」…阪大病院が国内初
http://osaka.yomiuri.co.jp/university/research/20081126-OYO8T00471.htm
重症の心臓病の女性(74)が埋め込み式の補助人工心臓を装着することで、歩行できるまでに症状が回復、大阪大病院(大阪府吹田市)を退院することになり、26日記者会見した。補助人工心臓は、これまでは移植手術までのつなぎとして使用されており、永久使用の目的で装着するのは国内初。心臓移植の対象外となる高齢患者の在宅治療や生活向上が期待される。
退院が決まったのは、奈良県の主婦南元子さん。昨年7月に心筋梗塞(こうそく)にかかり、後遺症で、心不全を起こすなど重い虚血性心筋症になった。一時は心機能が通常の4分の1まで落ち、ほとんどベッドに寝たきりだった。
今年8月、スクリューの回転で拍動のない血流を作り、左心室から大動脈へ送り込む親指大のポンプ式人工心臓を埋め込む手術を受け、自力で500メートルほど歩けるまで回復した。
補助人工心臓のバッテリーなどを手に笑顔を見せる南さん(左)と澤教授(26日午前9時19分、大阪府吹田市の大阪大病院で)=里見研撮影 ポンプは体外につないだ小型ビデオカメラほどのバッテリーとコントローラー(重さ約1キロ)で動く。退院後は、血栓ができるのを防ぐ抗凝固剤を服用しながら、2週間か1か月に1回通院する。
補助人工心臓は近年、小型化、高性能化しており、装着することで心臓の負担が軽くなり、心機能そのものが回復する場合もある。南さんが装着した米国製の補助人工心臓・ジャービック2000は国内では臨床試験中だが、同じ人工心臓を埋め込んだ例は欧州を中心に数百例あり、63歳で埋め込んで昨年末に死亡するまで7年半生存した英国人男性もいた。
国内では1997年の臓器移植法の施行後、心臓移植は60例。移植を前提に100人ほどが補助人工心臓を装着して待機しているが、移植の適応基準は60歳未満とされ、高齢者は移植を受けられなかった。
南さんのように、補助人工心臓を装着すれば回復も見込める患者は日本でも年間1000人程度いると推定される。澤芳樹教授(心臓血管外科)は「移植だけに頼らない治療が世界的に必要とされている。ほとんど治療法のなかった高齢患者に新しい可能性が期待できる」と話している。
希望が出てきた
会見した南さんは、「生きて病院を出られるだけでいいと願っていたのに、こんな小さな機械がよくこれだけ人助けをしてくれるものだとびっくりしている」と喜びを語った。この手術をしないと寝たきりになる可能性が高いため、家族が手術を決断したという。「半分死んだ状態から助けてもらい希望が出てきた。退院したら演奏会や演劇にも行きたい」と笑みを浮かべた。
(読売新聞・関西発2008/11/26)
また心臓移植そのものも、世界初のものは1967年に南アフリカのケープタウンで、クリスチャン・バーナードという心臓外科医によって成功されていたらしい。
そして、日本では、1968年8月8日、札幌医科大学第二外科和田寿郎教授と和田教授が主宰されていたらしい札幌医科大学胸部外科チームによって成功されていたらしい。
世界で初めて心臓移植が行われてから、41年。日本で行われてからも40年。
この様に年数を見れば、もの凄く経っているんだなとも思えるし、医療の技術に大きな進歩があっても当然なのかなとも思えてしまう。
だけど、これまでの人工心臓は後から心臓移植をする事を目的としていたらしいけど、今回は永久使用を目的としている。
この様な人工臓器まで開発してしまうなんて、ただ本当に凄いなと思ってしまう。