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 阪神大震災が発生したのは16年前の1995年。自社さ政権、村山内閣の時だった。
 
要するに、この大震災が発生した時には、新党さきがけの幹部であった「菅直人」も政府がどの様な対策を行っていたのかは、非常に詳しいのではないかと思うのだが、頭はボケているのだろうか、25日に当時の官房副長官に当時の対策を聞いてたらしいじゃないか。
 
 
 
菅直人首相は25日、95年の阪神大震災の際に官房副長官を務めていた石原信雄・地方自治研究機構会長を首相官邸に招き、東日本大震災への政府の対処について意見を聞いた。

 石原氏は、阪神大震災の後、被災地復興の調整を行う「復興院」構想が浮上、実現しなかったことに触れ「復興院で末端までの行政を何でもやれるわけではなく、二度手間になって窓口が一つ増える。首相が本部長を務める対策本部から、ストレートに各省に指示する形を取った方が現場が早く動く」と経緯を説明した。首相は石原氏の意見に強い関心を示したという。
(毎日新聞2011/03/25)
 
菅は、元官房副長官の意見に強い関心を示したとあるが、これは完全なパフォーマンスではないのか。
 
当時、新党さきがけの幹部であり与党政権の一員であった筈の菅直人は、村山内閣がどの様な対策を行っていたのかは、しっかりと把握していた筈だろうし、政党を通じて意見を述べていたのかもしれない。
 
その菅が、当時の事を何も知らなかったかの様に、村山内閣の官房副長官に意見を求めるというのは理解出来ないな。
まして、阪神大震災で「首相が本部長を務める対策本部から、ストレートに各省に指示する形を取った方が現場が早く動く」といった事は分かっていたのだろうから、震災発生直後には自分を本部長とする、緊急災害対策本部なんてのを設置したんじゃなかったのか。
 
だが、設置しながら菅は本部長としての活動を何も使用とはしていなかったんだろうな。だから、元官房副長官から意見を求め、自分の設置している自分を本部長とする緊急災害対策本部は正しいんだとアピールしようとしているんだろうか。
 
そんな下らん事をやる暇があるんだったら、詰まらんパフォーマンスなどやってないで、本部長としてやるべき事をちゃんとやれ。
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