思い、そして感じた事をそのまま
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
今日、臨時国会で一川、山岡2閣僚の問責が可決された。それぞれに任される閣僚として相応しくない認識を持ち、発言や行動なども繰り返していた。
この様な者達に閣僚を任せ続きてはならない。内閣の他閣僚などもそういった意識はしっかりと持っていたんじゃないだろうか。防衛相を担当されながら、防衛省の大きな課題となっている沖縄普天間基地問題をしっかりと把握しきれていなかった。どころか、勉強しきれないとも呆れた言い訳をしている。
また国家公安委員会委員長及び消費者相を担当する山岡は、法により厳しく禁じられているマルチ商法に深い関わりが有るとされている
このように閣僚としての認識が薄い者、或は適しない者を任命する事にも大きな責任が追及されても当然だろう。任命した者に、その様な責任感があれば、他の者達から任命は間違っていなかったかと問われ責められれば、素直に認め即座に不適格な者の更迭を行い、適しているだろう者を新たに任命しなければならなかった。
だが、野田は自分の任命を否定される事を嫌がったのだろうか。2名の処分には全く応じ様とはせず、自分の任命に間違いは無かったんだと強調しようとばかりをしている。野党が認めないとする2閣僚を、自分を守る為に存続させようとする事は、政策など一切無視し自分達を守る事だけに意識を向けている事となる。
国会で政策審議を進めなければならない、不退転とまで強調した法案の成立を求めるなら、問責が提出される前に自ら2閣僚の更迭を行わなければならない、その様な事は簡単に理解できていた筈だ。しかし、野田はその様な事など一切拒否した。
更に国会延長も行おうとはしなかった。
コメンテーターの中には、今回の問責を自民が面子を立てようとしていただけだと批判する者もいる。馬鹿げた発言をする者は今もいるんだなと思わされるが、問責を提出させるか否かは野田や2閣僚の行動により決められる事ではなかったのか。
野田が自らの任命判断の失敗を素直に認め、即座に閣僚を変更していれば国会の展開は大きく変わっていたのかもしれない。にも拘らず国会での政策審議では無く、内閣の保護を重視する行動を行ってしまった。
テレビ出演するコメンテーターは、問責などやるんじゃなく国民の為の国会をやらなきゃならないだろう。それが出来ない現在の政治は可笑しいと批判する。
民主党は野党の頃にも政権奪取だけを求め、常に政権に同意を行おうとはせずに対案を掲げ、政権の政策を批判するばかりで国家事情も無視した国会活動を行っていたが、政権与党となった現在でも国家事情、或は国民生活よりも自分達の立場を守ることを重視した活動を行っている。
多くのコメンテーター達は現在の政治が可笑しいと活発に批判しているが、その政治を可笑しい状態としてしまっているのが政権与党である民主党だろう。そして、民主が野党の頃よりただ単純に政権交代ばかりを煽っていたコメンテーター達にもその責任はあるんじゃないか。
民主が野党の頃には、民主の対案ばかりをいい様に扱い政権与党の政策を徹底的に批判しまくっていた。政権交代し、民主の掲げていた対案が全く実効性の無いものである事が明らかとなり、更に現在の経済・財政対策を早急に行うことが出来ないにも拘らず、責めきろうとはしない。逆に、現在の全く行動力の無い政権与党を批判している野党政党を批判する傾向もある。
コメンテーター達に本当に客観的に政治を見る意識があるのであれば、どうして問責が提出される様になってしまったのか、何故国民の為の国会活動が行われずに閉会されようとしているのかに関し、ただ単純に「政治が可笑しい」と発言するのでは無く、その要因に対しての発言をしなければならない。
その様な事をしようとはせず、民主と絡め野党の行動も批判する。民主と同じで、自分達の立場を守ろうと意識している者しかいないのではないか。民主とマスコミ、それぞれが日本の政治を本当に可笑しくしてきたし、更に深めようとしている。
本当に日本の政治を正常化したいと思っているなら、民主もコメンテーターの者達も現在の状況を客観的に判断し、発言と行動を行わなければならない。民主が野党の頃から行われている偏った行動ばかりが行われ続ければ、日本の状況はより悪化しても回復して行く事など有り得ないだろう。
PR